1. はじめに
確か30年ほど前だったと記憶しているが、科学分野へコンピュータの適用が盛んになり始めた頃である。いわゆる数値解析によるシミュレーションの始まりであった。折しも米国では、アポロ計画の終焉により優秀なコンピュータ技術者が原子力分野へどっと雪崩れ込んで来た。これがより一層数値シミュレーションの発展を加速させることになった。
日本では、そのコンピュータ需要に応えるべく、大型計算機を時間貸しする「計算センター」と言う商売が盛んになった。当時は人間の労働は非常に軽んじられ、1時間稼動すると100万円稼ぐ大型計算機は神様のように、冷房設備が完備された最高の部屋に安置されていた。人間はこの「機械」のお守りのために、徹夜で付き合うこともしばしばであった。「機械」はその快適な環境の中で疲れる風もなくフル稼働を続ける一方で、人間は劣悪な環境の中で寝不足の頭を抱えながら計算機の食べ物(入力データ)を用意し、そのプロダクツ(出力結果リスト)を顧客に届けると言った単純作業に追われる奴隷のような毎日を過ごしていた。
ところが、計算機業界の競争は熾烈を極め、ビルゲイツなる青年の出現により、それまではゲームの域をなかなか脱し得なかったパーソナルコンピュータ(パソコン)が一躍脚光を浴び、それは業界の技術進展をさらに加速し、今では往時に1時間に100万円稼いだ大型計算機より10倍、100倍高速なパソコンが20万円ほどで購入でき、実際の稼動には十数円の電気代だけで、同じ結果が得られるという信じられないような世の中になった。
当然の結果として、計算時間の切り売りだけをしていた「計算センター」は姿を消してしまい、人間性回復の時代がここから始まったと思われる。
2. 原子力発電プラントの安全解析
原子力発電プラントの建設は、電力会社のエンジニアの「夢」と「技術力」、そして巨大メーカーの総合的な技術力を背景に進められてきた。そこにはメーカーの長年に亘る実績と経験が最大限に活用されてきている。この原子力発電プラントの建設では、設置許可申請された原子力発電プラントの安全性を検証し確証するための安全解析を、中立の機関によって実施することが義務づけられている。そこで原子力発電プラントのような巨大システムの安全解析には、数値シミュレーションが必要不可欠なものになっている。この数値シミュレーション技術についても、指導的立場にあったのが日本原子力研究所(原研)である。
設立45年を迎える原研は、原子力技術発展のメッカであり、長年に亘って原子力の平和利用のために、主に原子力先進国の米国からの技術導入、安全性の確証のための実験・新技術の開発及び解析ソフトウェアの開発を行い、原子力技術の健全な育成に貢献してきた。そして原子力に携わっている多くのエンジニアが、一度は原研へ出向したり、種々の共同研究に参加することにより多くのことを学ばせて貰った経緯がある。その多くのエンジニア達の実績・経験が原子力の発展に大きく活かされているのである。
当社でも、社員の殆どが一度は原研へ出向したり、委託研究の仕事をしながら身に付けた知識・経験を生かして、原子力の安全解析という特化した狭い分野の仕事ではあるが、国の機関や原子力産業界から委託を受けて解析を実施している。このようなパソコンを用いたシミュレーション解析が可能となったことにより、人的資産以外には小さな設備投資で運営が可能なベンチャーとしての起業が可能となった。
3. 産業不況・空洞化
世の中がバブルのマネーゲームに浮かれたのも一瞬、バブルが崩壊して不況が始まると、大企業はバブル時に定着してしまった高コスト低収益構造を早期に改善するために、過酷なほどの経営合理化を優先し、産業界はこぞって唯一の光明である「IT」へと走り、既存技術は顧みられなくなった。原子力産業もご多分に漏れず、既存技術から先端技術の象徴である「IT」へのリストラが始まった。そのために、企業内におけるエンジニアリングの空洞化が進み、産業発展に不可欠な技術伝承が困難になる傾向が見られるようになった。
4. 特化した技術
不況によりリストラが行われ易い分野は、直接金稼ぎに結びつかない、研究開発部門であるが、現状の維持には差し支えなくても、将来の原子力産業の進展を危うくする恐れがある。 これらの技術の空洞化を少しでも補完するために、当社では今までの実績を生かして原子力発電プラントの安全解析・評価という専門性の高い特化した技術に注力して、知識集約的なサービスを顧客に提供することを目指している。
つまり、物作りのノウハウを有するメーカーと競合するのではなく、我々の数値シミュレーション技術でお互いをうまく補完し合うことを考えることをモットーにしている。
5. 会社設立
当社は、米国のCSA社(Computer Simulation and Analysis Inc.)との技術提携を基盤として発足した、どの資本系列にも属さない中立の純粋国産資本によるエンジニアリング専門会社である。受託作業は主に原子力発電プラントの安全解析であるが、図1に示すパソコン上で稼動する簡易シミュレータ等の販売・技術支援等も行っている。
米国の技術提携先であるCSA社は、米国のアイダホ国立研究所出身のエンジニア達が設立したEI社(Energy Incorporated)を前身として、電力会社に対する技術支援を目的として発足した経緯がある。このEI社は、米国において軽水炉の安全評価コードパッケージ(WREM:Water Reactor Evaluation Model)が米国で公開された時点で、セミナーの開催等を通じて、いち早くそのパッケージを我が国に紹介した会社でもある。
3年前に当社の設立を可能にしたのは、確かにパソコンの能力の革新的な進歩により、自前で容易に解析が可能になったことがベースにある。しかしそれ以上に、米国CSA社と同様に、「エンジニアによるエンジニアのためのエンジニアの会社」を作りたいという「夢と信念」であった。CSA(Computer Simulation and Analysis)という名前がまさに会社の内容を示しており惚れ込んだのであった。そのため登記する前に代表者印と社印を作ってしまった。その後法務局から「類似称号」として却下されたが、折角の印鑑代がもったいないのもあったが、惚れ込んだ社名を変えるのは絶対に嫌だったので、定款の方を変更して登記した経緯がある。
設立時に目指したことは、上でも述べたように、数値解析による安全解析という非常に特化した分野であるが、チョット難しい部分で、他の会社が少し敬遠してしまうような箇所を専門に担当するとした上で更に、今までの経験で得た以下の教訓を生かすことであった。
・第1の教訓 計算機に使われるのはやめよう。
・第2の教訓 何でもやりますと言う営業はやめよう。
・第3の教訓 会社という組織である前に、仕事のパートナー集団であること。
管理職になったり、役職名なんて要らないから、
好きな仕事をできるだけ長く続けたい。
お互いそのための「グッドパートナー」であり続けよう。
6.おわりに
最近は、公的な競合を公正化することが必要以上に主張されている傾向があるように思われる。確かにすでに確立した技術に対しては、不要な予算を圧縮すると言う意味の競合がプラスの意味をもつ場合もある。ただ、未だ確立されていない、研究開発的要素が強い研究プロジェクトに対してまで、無理やりに「見積り金額だけを対象にした競合」という不毛な競争原理を持ち込むことは、科学技術の健全な進展を阻害しかねない危険性をはらんでいることをアピールしていきたい。さもないと少数の特化した技術だけで生きていこうとしている研究開発的ベンチャー産業は、大企業との競合に決して勝ち目がなくなる。それが、技術の健全な発展を妨げる場合もあるかも知れない。
これからは更に、各企業がそれぞれの得意な分野で、原子力の健全な発展に寄与できる社会システムの整備が望まれる。
株式会社 シー・エス・エー・ジャパン
代表取締役 社長
藪下 幸久
[原子力eye(株式会社日刊工業出版プロダクション発行):
2002年6月号に掲載]