混相流とその専門家達との遭遇
Close Encounters of Multi-phase Flow and the Specialists

 実験とは全く縁の無い小生の二相流との出会いは、原子力発電プラントの安全解析の中で、冷却材喪失事故(Loss Of Coolant Accident)のブローダウン解析の時であった。良く分からないながらも解析に使用していた解析コードRELAP3の中に、気泡離脱モデルなるものが組み込まれていた。そのモデルの入力パラメータにあったのが気泡分布の傾きと気泡上昇速度であった。実際の実験は見たことがないが、英文のマニュアルの説明を読んで、素人なりの理解をして解析をしていた。ただ、このような静的なモデルを、LOCAのような極端な過渡挙動に適用して良いのかなと漠然と考えていた。

 考えてみれば、私の流体とのつき合いはその後も先ず解析コードのモデルありきであった。米国では、原子炉の安全研究の一環として、LOFT、セミスケールの実験が盛んに行われ、その実験予備解析用に開発されたRELAPコードシリーズは、その事後解析の際の実験との比較によってモデルの見直し、バージョンアップが繰り返され、より予測精度の良いモデルや数値解法の開発が精力的に行われた。ちょうどアポロ計画が一段落して、優秀な人材(研究者とプログラマー)がどっと原子力分野に流れ込んだ時でもあったと思う。

 当時、京大2号炉の安全審査があり、適切な解析コードがないために、RELAP3コードで解析をして安全審査を受けることとなった。完全な陽解法を用いていた当時の数値解法では、安定な解を得るためには、計算の時間刻み巾を小さくするしか方法が無かった。そのため、ひどいケースでは1ケースの計算機使用料金が1千万円になるものまであり、絶対に失敗が許されない環境であった。計算機を時間貸しする「計算センター」全盛の時代だった。そのために、計算を実行する際には神経が疲れ果てたのを憶えている。その時、京大の申請者として実務で頑張っておられたのが、まだ助手時代の三島嘉一郎先生でした。

 そして、それまでの地道な数値解析技術の研究が全て、精度を要求される原子力分野の解析コードTRACコードとRELAP5コードの開発に集中された感がある。その解析結果が国際会議で頻繁に発表されることになった。この2つのコードを開発した米国の国立研究所、つまりTRACコードを開発したロスアラモス国立研究所と、RELAP5コードを開発したアイダホ国立研究所の2つの国立研究所は、おもしろい特質を持っていたように思える。つまり、非常に数学や数値解法を得意とするロスアラモス研究所と、工学、エンジニアリングに詳しいアイダホ国立研究所である。国際会議でこの2つのコード開発者がそれぞれのコードによる解析事例を発表した会議があった。最初に発表したロスアラモス研究所の発表結果について、アイダホ国立研究所の質問者が、解析対象としているプラント事象の解析条件について質問した。しかし、発表者であるロスアラモス研究所の人間は、解析対象などは余り気にしていない様子であった。想定している事故事象についても、あまり詳しくは無かった。むしろ解析結果に振動が見られずに非常に滑らかで、高速演算が可能であることを主張していた。ところが逆に、アイダホ国立研究所の発表では、解析事象について、それらの解析条件や結果の事象のメカニズムの解釈については非常に詳しく説明がなされたが、ロスアラモス研究所の人間が、その基本モデルの導出について質問した際には、きちんと答えられない状態であった。これは少し極端であったが、それぞれの研究所の特徴が顕になっていた感じがあり、興味を持った。日本では、大概両方をきちんと抑えている研究者が多かったのと異なっている。それぞれの風土の違いによるものと思われる。

 私は、1981年当時にアイダホフォールズにあったエナージーインコーポレイティド社で居候しながら、米国の原子力プラント建設会社が実施した安全解析のレビュー等を担当して、半年ほど働いたことがあった。確かに仕事の分業化が進んでいて、プログラムの開発者と解析屋は分担がはっきり分かれていた。マニュアルを見ながら入力データを作った解析屋は、エラーストップすると、自分の間違いではないことだけをチェックしたら、その入力データをプログラム開発者に手渡して、彼の仕事は終わり、、、。一方日本では、解析屋もソースコードの中身を見て、エラーの原因を調べ、プログラムに合うように入力データを変更して、自分で解析を続けたものであったが、、、。20年ぐらい遅れて今の日本でも、残念であるが分業が進んで、『他人の』仕事にまで首を突っ込まなくなっている傾向が見られる。その当時同室の人はアイダホ国立研究所出身のエンジニアでしたが、解析が上手く行かなくて、金曜日の夜に7時くらいまで残業すると、「こんなに遅くまで残業していると、離縁されてしまうよ。」とぼやいていた。「そんなこと位で、、」と思ったが、かなり真実味があった。残念であるが、これも今の日本では、社会風潮として、当然のように思われるようになってきているようだ。この頃に、アイダホフォールズに駐在していたのが、私と生年月日が全く一緒だった小泉安郎先生で、新婚旅行のまま来てしまったように、まだ熱々で常にバーンアウト状態であった。このように言うと、「バーンアウト事象を理解していない。」としかられそうである。

 日本国内でもROSA実験等が実施され、それらの実験解析を通じて種々の知見が蓄積されていった。そして2相流の解析分野での画期的な進展は、それまでの均質流モデルから2流体モデルへの進展であったと思う。この2流体モデルは、非常に興味深いものであった。それは2流体の挙動を表現するそれぞれの基礎方程式を、基本的な実験で得られた素過程を表現する構成方程式で関係付けて方程式系を構成させるものであった。ところが、この素晴らしい2流体モデルに対して、一般的に良く用いられる「2流体の圧力が等しい」とする「1圧力モデル」が基礎方程式系の特性から「不適切」であると言う問題が提起されていた(Robert W. Lyczkowski)。この「不適切」な条件とは、微分方程式を解いて予測したい「将来」が「今現在」や「過去」の挙動とは無関係に変動する特性を有することであり、その微分方程式を解いて得られる解(結果)が無意味であることを示していた。ところが、一方ではこの2流体モデルを用いて得られる結果は、実験データとの照合も比較的良く、実際の現象をある程度精度よく模擬していることが分かっている。そのジレンマを理解・解釈したいと考え、東工大の高橋亮一教授の指導の下で何年か悩み続けたこともあった。

 一方、解析結果の精度を向上させるために、この「理想的な」2流体モデルの基礎式を関連付ける構成方程式の精度を上げることが、必要不可欠となった。しかしそのような素過程に係わる基本的なデータベースの獲得が意外になされていないことも明らかになった。

 当時、神戸大学の冨山明男先生に依頼され、博士課程を修了したばかりの宋明良氏に、社会勉強のためにと言うことで、民間会社の私の部署へ入社して頂いたことがあった。その4年間の間に、2流体モデルを用いたサブチャンネル解析コードNASCAの開発を、宋氏と加茂英樹氏と一緒にできたことが、良い想い出になっている。

 解析技術の進歩や計算機の高速化に支えられて、解析精度の向上やプラントの出力上昇を目的として、最適評価コードへのニーズが高まってきた。そのために、単に「保守的に」安全であるではなく、その安全余裕の定量化が要求され、そのために更なるモデルの詳細化が必要となってきている。そしてモデルが詳細になればなるほどに、それらの現象を支配する素過程のモデルの基礎となっている実験データの信頼性と、実際には解析対象としなくてはならない実機規模への拡張性(適用性)と言ったスケーリングの問題が顕になって来ている。ここらで今までに蓄積された全てのデーターベースを、新しい観点から見直す必要がある時が来ているように思われる。混相流の分野は、まだまだ行く末を見とどけたい「気になる」分野である。

株式会社 シー・エス・エー・ジャパン
      代表取締役 社長        
藪下 幸久

[混相流(日本混相流学会発行):
2008年22巻3号に掲載]